東棟に雨戸パネルを Storm sashes for all glass doors and windows in the East Wing
22. 屋外倉庫整理,雨戸袋,古い網戸2枚など 2026年7月7日
七夕ではあった。小学校の頃に自宅玄関そばの部屋で七夕飾りを作ったことが思い出される。小さな家の玄関にその七夕飾りを立てた。そばには近所の子供達や母の目もあった。いい時代だった。
七夕とは無関係にタニハで働いた。
図173と174は,半世紀ぶら下がっていた竿を外した。これはおそらく,宗野さんが父の要望で装着したものではないか。茶室南側テラスからそのまま干せるので不精者には便利だったろう。竿が壁を攻撃して深い穴が空いている。いつか,簡易漆喰で埋めたいとは思う? 図174の叩きそばには折り込んだ竿が見える。クリーンセンターにのちに運び込むことになる。


図175には網戸2枚と自宅から持参した廃棄風呂蓋が。網戸は通用玄関にぼくが置いていたもので玄関そばの倉庫にあった。おそらく隅田さんが置いたものだろう。のちに推測過程を述べるが(オイオイ!),これは東棟テラス用の網戸のようだ。もう一つの網戸はサイズからすると窓1のものである。
図176では,風呂蓋からカビで汚染されたゴムを外したところが見える。ゴムを外した場所にはカビが結構見えるので,マイペットと雑巾で,できる限り,除去した。自宅で考えたのは,この3枚を倉庫の床に敷いてその上に人工芝カーペットを載せる予定だったが,2枚だけ左右両端に配置した。この方が通気性がよいし,力学的にも適切と考えた。倉庫セットにあった3枚の棚のうち,一つだけでも短尺の雨戸と網戸の高さをクリアする150cmHにセットするつもりだったが,固定金具のための切り口は140cmH未満だった。残念ながら一枚も設置できかった。図177ではその一枚を留め具として使用している。この後背には水平保持材としての砂袋と手スコップを置いている。この倉庫は短尺の雨戸と網戸専用となった。



2枚の網戸を回収した。一つは図178の左の長尺ものでどうも東棟テラス対応のもの,右の短尺ものは東棟の窓1のものである。後者は,図179のように奇妙に小さく割れており,図180のように底辺で編みが破れている。いずれも対策は可能だ。後に示したいと思う(時間はあるのか!)。
図178を観察すると,長尺ものは細いベルトと釘で網が固定されている。短尺ものは単に薄い溝に押し込まれているのである。このハイテクニックゆえに網に大きな負荷がかかって破れたのである。この芸当はぼくはできない。



本当に久しぶりにとゆうか,初めてこの雨戸群を観察した。手前の雨戸袋の扉は破れている。この雨戸群を観察しようと思ったのは,TOSTEMの雨戸の価格上昇が今月末に確定して,7月13日に届く予定の取替雨戸を東棟に設置してみて,問題なければ追加購入の際に,この本館大テラスの雨戸を2枚ほど購入したいと思ったからである。窓(〜H1600mm)用とテラス(H1600mm〜)用では,防護断熱タイプ 35,400円,22,500円というように,1万円余りの差がある。パネルの厚さはいずれも29.5mmである。おそらくであるが,現状の木製の雨戸は機能的には(防護)断熱タイプに対応していると想像している。耐久性は木製の方が上ではないか。

本館大テラス東端の雨戸袋付近を図182に。図183には鴨居付近を示している。東棟と違って,雨戸部分は独立している。そして鴨居を見ると,外樋端(そとひばた)は,内樋端より高い位置にあって,素人からの機能的観点からすると奇妙な構造になっている。雨戸の頂部はガラス戸同様,内側に切り込みがある。海抜高度の高い方から言えば,鴨居の溝天面,外樋端面,内樋端面になっている。建物の支持構造をなす柱はガラス戸の柱から始まっている。
この部分のサイズを測ると,本館構造の柱を構成する木枠内のガラス戸の内法高は176.5 cmであった。これに対応してガラス戸ができているのであるから,ガラス戸は東棟や茶室南側テラスに比べると小さくなっている。外樋端とレール面の高さは179.5cmである。ガラス戸の内法より3 cm長い。内樋端は179.0 cmである。
溝幅は22mm(7.26 分)W, 溝の深さは13 mm(4.2分)Hであった。敷居には雨戸用の真鍮のレールがあり,この高さは9〜10 mm H,幅は4 mm Wである。
雨戸そのものを計測すると,179.5 cm H, 95.0 cmWであった。横幅が東棟より大きくなっている。茶室南側テラスの雨戸は,92.3 (92.2) cm W, 181.7cm Hであるから,見事に統一が取れていない。本来,統一すべきものと思う。構造体ができたあとの,建具が設計されたのであろうが。和風建築ってこういうものなのか。
なお,本館大テラスの横幅は11.3 mほどである。これを雨戸幅で割ると,11.9だから,雨戸は12枚からなるようである。このうちの二つをTOSTEMの標準タイプに交換すればしっかりとロックができることになる。サイズは現雨戸の179.5 cm H, 95.0 cmWが基準となる。



TOSTEM 窓リフォーム 取替雨戸パネル 2026 のカタログを確認(全ページはダウンロードできない)。標準タイプの雨戸寸法の採寸ではレールの高さが7mm以上の場合で,雨戸H = 開口寸法H + 7 mm – レールの高さ = 1795 + 7 – 9 = 1793 mmとなる。ただ,この本館大テラスでは雨戸の鴨居は,外樋端面と敷居間は1795 mmH,内樋端面は1790 mmHと,5mmの落差があって,どう考えれば良いのかとも思うが,雨戸を嵌めるのに,内樋端面高は無関係であり,上記の計算は適切ということになる。なお,レールつまり戸車が付いている場合,上桟部13mm高,下桟部7mm高の調整が可能である。なお,戸車は動かない。
本館大テラス用に,木製枠用の標準タイプ 1793 mm H,950mm Wを二枚注文することになる。
茶室南側テラスの雨戸袋に入っていた網戸は図185の右端の二枚である。左端の二枚はこの場の雨戸でかなり高くて,181.7cmH(92.3cmW)である。中央の風化色の強い網戸は通用玄関前にぼくが玄関脇の倉庫から運び込んだもので,179.2cmH (88.8cmW)。この図185の右端の二枚を見ると右手が高くて179.5cmH,この左手のものは178.2cmH。
で,網戸3枚のうち,最も背の低い178.2cmHでは鴨居の外樋端面から外れて外方に落下してしまう。ではこれは本館大テラスのガラス戸(内法高176.5cmH)に対応するものかというと,178.2cmHは高すぎるので,本館大テラスには対応しない。外に面するテラスは東棟と本館大テラスしかないので,いずれにも対応しないということになる。とはいえ,次回出かけた際に現有の本館大テラスにある2枚の雨戸の高さを計測したいと思う。もし明らかにいずれにも対応しない場合,下桟に戸滑りテープを貼れば良いだろう(後述)。
さて,179.5cmHの方はどうか。このサイズは現在注文しているTOSTEM取替雨戸パネルの高さそのものである。それが入らなかった。図186はテラス1の試行であるが,わずかに入らない。図187はさらに入らないのである。注文中のものは網戸と違って雨戸であり,これは最も外側のレールに配置する。図186を見ると一番外側はクリアしている。しかし,図187, 189の敷居付近を見ると入りきれていない。しかし,雨戸発注の際に繰り返し内法を測定したが,内法の高さについては,テラス2の方がテラス1より2mmほど大なのであるが。歪みの問題か。
図185の風化した中央の通用玄関口に置いていたものであるが,これは179.2cmH(88.8cmW)である。まだ試みていないが入りそうである。おそらく隅田さんが玄関脇の倉庫に入れたのではないか。東棟の部屋は隅田さんと山崎さんがタニハ訪問の際に使っていたものである。明日(2026年7月9日),入るか確認したい。ただ,網は破れていないが結構風化している。
179.2cmHが入った場合,178.2cmHの網戸の下桟を1cm嵩上げする必要がある。AIさんに聞いたら,次いの回答が。
上面に10mm足す際の細かなポイント
- 木材の「幅(厚み)」は、網戸の枠よりほんのわずかに細めを選ぶ 網戸の木枠の厚みが例えば
30mmだった場合、足す木ひもの幅はぴったり30mmにするよりも、27mm〜28mm程度とほんの少しだけ細め(あるいは枠からはみ出さないサイズ)にするのがコツです。鴨居の溝の幅に対して、付け足した木が引っかかって動きが重くなるのを防げます。 - 面取り(角落とし)をしておく カットした木ひもの角(特に網戸を入れる際、鴨居の溝の奥に触れる部分)を、サンドペーパーで軽く削って丸めて(面取りして)おくと、網戸を建て込むときや、日々の開閉時に引っかかりがなくなって非常にスムーズになります。
- 釘の頭が出ないようにする 上面は敷居ほど神経質になる必要はありませんが、釘の頭が飛び出していると、鴨居の溝の天井(奥)をガリガリと傷つけてしまうことがあります。釘を打つ際は、ポンチなどを使って頭を木肌よりもコンマ数ミリ沈み込ませるか、頭のない「細無頭釘(さいむとうくぎ)」や「こびょう」を使われると安心です。





サイズがあっていても,風化した網戸の網を交換するなどの手間がかかるので,178.2cmHの網戸の場合は下駄をはかせる,179.5cmHの方は下桟に,鉛筆で記しをつけて少しずつ電動サンダーで削り取るのがいいだろう。とにかく,現有の本館で使っている網戸のサイズをチェックしよう。
以上,2026年7月8日記。


