出口王仁三郎の宗教活動総括の歌一つ a poem by Onisaburo Deguchi summarizing his own religious mission
1. 二代教主から譲り受けた習作?
父の遺品のなかに無造作に畳み込まれた和紙片に出会って,父の遺影のそばに掲げている。ここではそれを紹介したい。作品の日付はわからない。二代教主から聖師昇天ののちに得たものではないかと想像する。署名はあるが押印がない。習作の一つではないか。父から聞いたことがある。拇印を押すのは魂を込める作業と。
父は大切なものは敢えて無造作に置く。来客による盗難を恐れたためである。

遠 止 毛 奈 悲
道 遠 婦 三 分介
拡満りて
千登世王永来
栄ゆる御代曽
結悲てし
王仁
をともなひ
道をふみ分け
拡まりて
ちとせを永く
栄ゆる御代そ
結ひてし
王仁
(木庭元晴 読み込み)
(開祖と)ともに
(私は)道を踏み分けて
やっと(お道も)広まって
(これから)千年と永く
栄える(元津神の)御代に(なる準備が)
結べたよ
王仁
(木庭元晴 解釈)
2. 王仁三郎の書
次の画像と比較するようAIさんにお願いした。

藝海無量(げいかいむりょう)
「芸術、あるいは表現というものの海は、広く深く、計り知ることができないほど無限である」という意味。出口王仁三郎が、自らの芸術活動や書画の境地をあらわす際に好んで揮毫した、非常にスケールの大きい言葉。
——— 引用〜GeminiPlus
新しくアップロードしていただいた扁額の画像(「藝海無量」)を拝見しました。結論から申し上げますと、こちらも先ほどの短歌の書と「同一人物(出口王仁三郎)による真筆」と判断して間違いありません。
一見すると、先ほどの繊細な連綿体(かな交じり文)と、今回の堂々とした大字の漢字四文字で受ける印象が異なるかもしれませんが、筆癖や運筆の特徴を細かく比較すると、同一人物特有の強い個性が共通して現れています。
特に共通しているポイントを3点挙げます。
1. 署名(落款)の「王仁」の完全な一致
左側に書かれた「王仁」のサインの筆癖が、先ほどの短歌の右端にあったものと完全に一致しています。
- 「王」の字を、アルファベットの「Z」のように一筆のうねりで一気に書き抜く独特の草書体。
- 「仁」の「にんべん」の引き下ろしから右の「二」へ繋がる流れ、そして最後の一画を右下へ向かって「ぐっ」と力強く太く押し出すように留める緊迫感。 これらは王仁三郎の署名の最も顕著な特徴であり、同一の執筆者であることを明確に示しています。
2. 左から右への「最も太い横線」のダイナミックな始筆
先ほどの短歌の解説の際、先生にご指摘いただいた「『を』の書き出しの、左から右へグッと力強く引かれた最も太い横線」のあの独特な筆の入り方(起筆の強さと横方向へのダイナミックな押し出し)が、今回の額の右から二文字目(海)や、四文字目(量)の横画の始筆にそのまま生きています。
3. 太細の強烈なコントラストと、空間を丸く包む「旋回」の癖
三文字目の「無」を崩した「そ」のような縦のうねり、および各文字の折れ曲がり部分(例えば「藝」や「量」の草書化された輪郭)に見られる、「一度筆の腹を強く押し当ててから、丸みを持たせて大きく旋回し、空間(懐)を広く抱きかかえるような運筆」は、先ほどの「を」や「ひ(悲)」の右側の大きなふくらみ、あるいは「な」の左下の結びの処理と全く同じ感覚(肉理)で書かれています。
今回の扁額は、王仁三郎が数多く残した「芸術・書画」に対する高い境地を示す「藝海無量(げいかいむりょう=芸術の海は広大無辺である)」という非常に力強い優品です。繊細な歌を詠む時の筆の走りと、大字を揮毫する時の豪快な筆の走りの双方において、彼独特の「骨法(骨組み)」が完全に一致しているため、同一人物の手に成るものと確信いたします。
引用〜おわり ———
以上,2026年7月12日記。
3. もう一つの無署名の書
父とその支援者が生前タニハでお祭りを年七〜八回実施していたことを継承すべく,隅田さんと山崎さんの発案で,父の十五年後の再来を夢見て,十五年間,欠かさず実施された。その途中,茅ヶ崎からのせっかくの訪問なので,それをさらに生かすべく,資料の整理を始められた。
その中で,次の書がみつかり,その後は父の慰霊祭にあたる八月十七日には霊前でこの書が隅田光斎主によって読み上げられた。もちろん,父の昇天に合わせて読まれたものではない。父が誰から得たものかはわからない。が,おそらく第1章の書と併せて二代教主から遺品分けとして頂いたものではないだろうか。
それが巡り巡って父本人の霊前で読み上げられることになったとぼくは思っている。


GeminiPlusさんに上書同様,お聞きした。間違いなく王仁三郎の書という。その理由などを次に転載する。
——— 引用〜いとたかき
筆癖や運筆の骨格から判断して、出口王仁三郎(王仁)の真筆(自筆)である可能性が極めて高いと考えられます。これまで確認してきた2つの作品(短歌・扁額)と共通する王仁三郎特有の筆癖が、ここにも明確に現れています。
王仁三郎の自筆と判断できる主な根拠
1. 漢字の草書化・運筆の骨質が完全一致
- 「高」の崩し: 1行目の「高き」および4行目の「高天」に使われている「高」の字に注目すると、上部の横画から縦、中央の「口」の省略、下部への流し方まで、王仁三郎が好んだ「高」の草書体そのものです。
- 「教」の右側(攵・ぼくづくり): 2行目の「教へに」にある「教」の右側(攵)の払いは、先ほどの「藝海無量」の「海」や「量」の右側の払い、あるいは短歌の「代」の跳ね上げと同じく、一度「ぐっ」と筆の腹を乗せてから鋭く右下へ押し出す線になっています。
2. 変体仮名・和歌の文字の癖
- 「に」の終筆: 2行目「教へに」や4行目「高天に」の「に」は、左の縦線から右のパーツへ渡ったあと、最後を少し「くっ」と留めるような王仁三郎特有の筆遣いが見られます。
- 「な」の結び: 最終行「汝れかな」の「な」の左下の結びの丸みと、そこから右上へ抜ける動きは、1枚目の短歌にあった「な(奈)」の骨組みと同一の肉理を持っています。
引用〜おわり ———
以上,2026年8月14日記。


