1 ENGLISH ABSTRACT Recondite rhetoric in the first tanka chanted by Susanowo in the Kojiki and Nihon-shoki in Japanese
図1 キンドル版第1回出版済
ENGLISH ABSTRACT Recondite rhetoric in the first tanka chanted by Susanowo in the Kojiki and Nihon-shoki in Japanese — Reports of Nihon Taniha Cultural Institute (教養) Kindle版
The song of Susanowo is carried by the Kojiki and Nihon-shoki beginning, and it is the oldest 31-syllable Japanese poem left in Japan. As 31 syllables are composed of 5, 7, 5, 7, and 7 in each line, they must be selected carefully and the unique rhetoric seems to have been born. The Kojiki-den, the interpretation of the Kojiki, of MOTOORI Norinaga in the Edo Period is most appreciated even now, and the misinterpretation of Susanowo’s song is still accepted. The present author repeatedly resolved one small question at a time in terms of philology, and arrived at conclusion such as the lower illustration of the cover. This book is titled ENGLISH ABSTRACT of “Recondite rhetoric in the first tanka chanted by Susanowo in the Kojiki and Nihon-shoki” in Japanese. In this, Roman agate characters are written above Chinese and kana characters. It is an invitation to the above-mentioned book to readers of the English zone. They need Japanese fundamental comprehension, but kana agate characters are added to Chinese characters hard to read. In addition, this book is a Japanese edition, and therefore the function of English word processor is not used. The Kindle Book of “Recondite rhetoric in the first tanka chanted by Susanowo in the Kojiki and Nihon-shoki” in Japanese is titled “記紀スサノヲの歌に隠されたレトリック“, and will be published at the middle of September. Please read by all means in one interested in.
本報告は,2022年7月20日に先行発売したKindle本“ENGLISH ABSTRACT Recondite rhetoric in the first tanka chanted by Susanowo in the Kojiki and Nihon-shoki in Japanese”の邦文フルバージョンである。関西大学文学論集第七十二巻第一・二合併号(2022年9月18日)発行を俟ってここに発売する。 昨年末に完成した元原稿は4万字に及ぶが論理の筋道を追いやすくするために,2万5千字ほどに縮減した。本論で使用した書籍は,戦後の市民文化普及の機運の高まりのなか設立された公立図書館にもほぼ所蔵されており,一般に手に入りにくい文献は国立国会図書館デジタルコレクションからインターネットで閲覧することができる。読者は生活拠点に居ながらにして,この報告で使用したすべての文献にアクセスできる。参考ページなどの書誌情報は本報告で明記しているので簡単に探し当てて,自ら確かめることができる。 筆者が暮らす大阪郊外の市立図書館ではネットで所蔵図書を検索して(図書館による)貸出しの予約もできる。この利便性は全国的なものだろう。筆者は図書館の日常接しうる書架では知の世界を感じることができなくなった。現在の本屋さんにも全く魅力を感じない。知的世界に飢えていた戦後とは,出版会も読者の嗜好も大きく変わってきたことを反映したものであろう。筆者は退職後,幕末から侵略戦争に突き進んだ時代の思想的柱となった天皇制の歴史的根拠を求めて平田篤胤や水戸学,さらには洋学の文献を読み進めた。岩波の日本古典文学大系や日本思想体系などは原文と読み下し文や翻訳が並べられていて,高校の古典教科をも十分には理解できなかった筆者でも,難なく読みこなすことができる。著者の思いがその時代の息吹が「直接」伝わってくる。思えば,天皇制への関心が強くなったのは青空文庫で提供されている島崎藤村の『夜明け前』であったろう。激動の時代の思潮の根拠に関心が向く。市立図書館で借りだした本を座右に置きたくなってアマゾンで検索すると古書がいわば販売当時の価格よりも安く売られているのには驚いた。文化的なものに飢えていた戦後の復興期には,暮らしに多少の余裕があれば,個人でも全集本などを揃えたものであり,場合によっては一度も開くことがなく取りそろえた本人が亡くなってゴミ出しされて,現在の市場に溢れているのではないだろうか。購入のチャンスの時代と言えるだろう。 インターネットで「国立国会図書館デジタルコレクション」と検索すれば,この検索ウィンドウが現れる。ここで書籍名や著者名でなくても何らかのキーワードを入力すれば,かなりの数のデジタルコンテンツがヒットし,画面上で読むこともできるし,PDFでダウンロードすることもできる。画質が悪い場合はダウンロードしてAdobe Photoshopなどで自動レベル調整をすれば,クリアな文字を読むこともできる。 前置きが長くなったが,本書の導入として,本書の「はじめに」を次に示したい。 ———————————————— はじめに 古今和歌集冒頭に配された紀貫之による仮名序(延喜五年 905: p. 5)には,世に伝わる地の和歌は素盞嗚尊(すさのをのみこと)にはじまるとする。この歌は記紀いずれも最初に現れる短歌で,古事記から採って,現在でも一般的には次の〔引用1〕のように表記される。 〔引用1〕八雲(やくも)立つ 出雲(いづも)八重垣(やへがき) 妻(つま)籠(ご)みに 八重垣作る その八重垣を 正しく五七五七七の三十一文字をなし,朗詠すると,清澄な音のつながりとその律動性が心地よい。この歌では四つの「八」が並び,儒教的世界観をも感じるところであるが一方で,この繰り返しにむしろ違和感をも感じてきた。古事記研究の泰斗武田祐吉譯註の解説書(1956: p. 37)には,次のように表記されている。 〔引用2〕や雲立つ 出雲八重垣。妻隱(つまご)みに 八重垣作る。その八重垣を。 何故,「八雲立つ」ではなく「や雲立つ」なのか,その説明は現行の出版物ではみつからない。とはいえ,上記〔引用2〕の「や雲立つ」がこの歌の意味をより正しく表していると感じたのである。そして時代を遡り,「や雲立つ」の表記の根拠が,飛鳥〜奈良時代初期の慣行であったレトリック「約(つづ)め」にあることに辿り着くことになった。 この歌は記紀に掲載された当時から現在まで祝歌とされてきた。ところが,「や雲立つ」の表記の根拠の探査過程のなか,この歌が単なる祝歌とされてきたことに疑問を抱くようになった。次に述べるように記紀をそのまま受け容れる限りは,この歌の真意には到ることはできないのである。 本報告が対象とするスサノヲの歌は,『日本書紀』編纂の当時でさえも「詠み手をも詠まれた歴史的状況をも」正確に把握しえなかった可能性が高い。これはこの歌が,『日本書紀』の【或に云はく】で始まって引用されていることから知ることができる。『日本書紀』の編纂過程で『古事記』はすでに成立し,より正確で広範な「歴史」記述を担っていた編纂者は検証したのであろうが確信は得られず,【或に云はく】という形で掲載することになったと考えて良いだろう。『古事記』では,スサノヲの尊が八岐大蛇退治後に晴れ晴れとして櫛名田比賣と結婚する際の言祝(ことほ)ぎの歌として構築されていて,見事なカタルシス効果も併せ持っている。日本最初の勅撰国史『日本書紀』編纂者達だけでなく,決定権を持つ元正(げんしょう)天皇 もこの歌を捨て去ることはできなかった筈である。 この報告では,この歌に隠された真意を求めようとした。現在までの優れた歌人や研究者たちの解釈や同時代の『万葉集』を眺めつつ,試行錯誤の上に何とか辿り着いた。(本文の「はじめに」から) ———————————————— この研究は天皇制の歴史的根拠を知る作業で生まれた副産物であり,単独の研究としては,最も気にいっている。記紀スサノヲの歌,という表現は,流布されているものではない。スサノヲは,武田祐吉の『古事記』研究に現れる素盞嗚尊に対する表現である。スサノヲの歌,という表現は過去存在しないが,記紀の冒頭に記録されているこの素盞嗚尊の短歌を示すのに,記紀スサノヲの歌,という表現は悪くないと思う。 一つ一つの疑問を解決するために,基礎文献を渉猟して疑問を解くと同時に,新たな疑問が生じて,また文献を渉猟するという筆者の遍歴を,読者は実文献と対照して,辿ることができる。現在の国文学や和歌の研究者は,文字の照らし合わせを研究と考えているようで,この報告での筆者の視点での研究の痕跡がない。それが現在の学会誌がここでは引用されていない理由である。 筆者は自然地理学を専門とし,内外地域でフィールドワークを実施し,持ち帰った試料の年代を自らの実験施設で測定するなどしてきたし,退職後の現在も続けている。続けたいと思っている。退職数年前から,奈良盆地南部の主として飛鳥時代の遺構が,天香具山山頂を通過する天の北極軸上に寸分違わずに並んでいることなどを発見し,『飛鳥藤原京の山河意匠 ー地形幾何学の視点ー 』(関西大学出版部2018年4月刊)にまとめた。思えば,この飛鳥研究と本報告は繋がっているようにも感じている。 紙の本では読んでいるページから参照ページまで手でめくれば見ることができるが,キンドル本のようなデジタル本では難しく,参照ページへのハイパーリンクを作成し,そこから読んでいる元の場所まで戻ることが出来るように配慮している。一人でも多くの方にこの報告を読んで頂いて,賛否の声をあげて頂くよう願っている。 (以上)
発行に係わって気付いたこと:
発行前に,KDP内のPreviewで表示できるが,図3には目次表示,図4にはNCX表示,の一例を示している。目次表示はiPhoneなど全機種で利用可能で在るが,NCXはキンドル機器特有の機能である。NCXは,アマゾンのサイトによれば,XML アプリケーション用ナビゲーション コントロール ファイル Navigational Control File from XML (NCX) という表現に由来するようだ。いずれで表示してもリンクに問題はなかった。図5は完了メッセージである。
0 Google Driveを開く。 1 すでに愛善健康法のフォルダがあり,その中にスキャンファイルが入っていたので全部削除した。 2 My Driveを右クリックして,Folder uploadを選んで,macのファインダで,Aizen-kenkoho_for_OCRというフォルダを選ぶ。右下にアップロード過程が見え,完了すると,✅️が表示される。 3 My Driveに戻って,愛善健康法のフォルダに,Aizen-kenkoho_for_OCRというフォルダをドラッグアンドドロップする。この中のファイルの配列はmacのファインダ内のものと一致している。
上記投稿に示しているが,次のようにする。 1 各ファイルを右クリックして,Open with > Google Docs。 2 File > Down load > Microsoft Word (docx),とすると,Word形式でダウンロードできる。 3 Down loadフォルダ内のファイル群を新たにOCR_Wordというフォルダを作って,My Driveにアップロードする。 4 そして,そのフォルダを,愛善健康法フォルダに移動する。
図32の最下段のオレンジのボタン「ペーパーバックの作成を始めましょう」を,次にクリックしてみた。感覚的なものであるが,サイズは小さい方がいい感じで,図33で見られる横幅10.5 cm x 縦幅17.3 cmの版を選んだ。次の図34では,本文と表紙のPDFをアップロードすることになる。表紙はPDFで問題ないが,本文のPDF版はMicrosoft Wordで自動で進める訳には行かない。版のサイズに応じた字のサイズなどの設定をする必要がある。紙なのでハイパーリンクも効かない。脚注の参照も面倒だ。これは熟考の余地あり,である。ウェブサイト情報やAdobe Acrobatなどの設定を調べる必要がある。
追記 Mar. 29, 2023: 「上記の本に含まれているコンテンツがパブリックドメイン」であることが判明したというメール(第一報)が昨晩届いて,理由が書かれていないので,原著の違いを示した(第一報に対するリアクション)のだが,本日その返事(第二報)が届き,一切,具体的内容がなく,それを問い合わせたら(第二報に対するリアクション1),検討したけど,全く理由はアカされず,観点を変更しないということだった(第三報)。つまり,「パブリックドメイン」としてなら,発行できるということだ。 まあ,長いものには巻かれるしか無い。他の選択肢を考えたが,本とその紹介に,説明を加えて,「パブリックドメイン」で出したいと思っている。これに関しては,別途,ポスティングしたいと思っている。 とにかく,すでにコンテンツを準備しているこのページを作成したいと思う。 なお,この新規の『霊界物語の大精神』については,父の講演資料であり,なんらかの公的にパブリッシュされたものではないので,「パブリックドメイン」にはならないと考えているが,アマゾンに基準が公開されていないので確定的ではない。
1 『霊界物語の大精神』の公開準備: 原稿のコピーとスキャン
この本は木庭次守編となる。おもに出口王仁三郎口述筆記『霊界物語』の抜粋集だからである。昭和29年(1954)11月6日付けで発行されている。鈴木倶子さんによる邦文タイプ版である。まずは,『愛善健康法』同様,カーボンコピーして富士通のScansnapでスキャニングして,Google ChromeのOCRでテキスト化しようと思ったが,邦文タイプ版とは言え,掠れている部分もあって,かなりの修正過程が必要と思われる。 幸い,飯塚弘明氏のWebサイトには,多くの大本文献がデジタル化されており,利用させて頂いて,木庭次守の邦文タイプ版と対照して,内容は木庭次守優先で,編集作業を実施したいと考えている。なお,『霊界物語の大精神』の仮の英訳を,Essence of the Reikai-monogatari by Onisaburo,としている。「大精神」という日本語は存在しないようだ。父独特の造語だろうと思うが当時の父の周辺にそういう表現をした先輩があったかもしれない。