第12回古代丹波歴史研究会と懇親会に初参加 enjoyed the 12th seminar and the reception of ancient tamba history research institute 

はじめに

 昨日(2026年9月19日),宮津市の「みやづ歴史の館」文化ホールで開催された第12回古代歴史研究所の2026年セミナーと,その後,近隣のミップル5Fの「山海屋」の懇親会に参加した。カローラで,箕面グリーンロードを使って423号線沿いに亀岡盆地に出て,京都縦貫道の亀岡ICから宮津天橋立ICまで,そして宮津市営立体駐車場まで。11時過ぎに出発しなんとか会場まで1時半開演の時間に間に合った。園部を過ぎてからは一車線である。追い越し車線がいくつか設けられているがリスキーであった。

 5時半から7時すぎまで懇親会に出てノンアルコールビールを飲んで,立体駐車場から出たのであるが支払額200円だった。5時間無料である。途中,「道の駅 京丹波味夢の里(京丹波PA)」に寄ったこともあって,帰宅は午後10時前だったか。道の駅でソフトクリームを食べようしたがすでに閉店していて,土産物センターで峰山高校が作ったきなこクリアイスを食べた。食べ慣れたここのソフトクリームよりも美味しかった。宿泊も考えていたが,連休開始日ゆえか一泊5万円を超えるものしかなかった。ジャランと楽天サイトでの検索である。懇親会で隣席した大阪市から参加された歯医者さんは4500円の宿に泊まるということであった。ぼくの世間知らずが暴露されたことではあった。

 このようなセミナー参加は初体験であった。発表者の一人の出口三平さんの案内で参加することになった。講演者は全四名で,三平さんにお願いしてぼくの丹の海の論文の抜き刷りをお渡しすることができた。この研究会の丹波と繋がっていると考えたからである。四人目の発表者の伴とし子さんからは丁寧な対応があった。

1. みやづ歴史の館とクロマツ

 台風25号の影響か,うす曇りであった。

図1 文化ホールからみた宮津湾のパノラマ写真

 この埋立地の開発時期からすると,図1〜4のクロマツはかなり若い。(2年苗+5年植林)生ぐらいか。この「みやづ歴史の館」は2000年9月に開館しているから,2000年頃の植林のあと,なんらかの問題があったのではないかと思われるが,もちろん,新たにクロマツを植えようとなったのかもしれないが,成長したら眺望は失なわれるかもしれない。

図2 クロマツ

図3 同

図4 同

 入館の際には開演ギリギリだったので気づかなかったが,玄関に入ってすぐに,枯れた老木の断片が展示されていた。倒木(26m高)だったようだ。小女郎(こじょろう,化女狐)の松と称していたようだ(図7)。名前があった。

図5 小女郎の松

図6 年輪ほぼ100年

図7 小女郎の松と説明板

図8 ほぼ径100cm

図9 長サンプルの頂部

2. 研究会と懇親会と

 【研究会】古代丹波歴史研究所 2026・第12回研究会に掲載されているプログラムから次に。

講演1「穴穂部間人皇女と東漢直駒はなぜ丹後に逃れてきたのか〜ヤマトを構成する三つの王家の再統合と内紛〜」 関 裕二 氏

歴史作家、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。『蘇我氏の正体』『藤原氏の正体』ほか著書多数。千葉県生まれ。東京都在住。

講演2「古代丹波史に絡む大本・出口王仁三郎の世直し世界」 出口 三平 氏

1946年佐賀県生。京大文学部哲学科卒。1973年「大本」に入信。出口姓となり、教学部門で活躍。教団改革運動に関わり、王仁三郎提唱の「愛善苑」を同志らと再興。1997年以来組織から離れ、王仁師のいう「一人旅」を志している。現住所、綾部市。

講演3「丹後の古代地名」 斎藤 喜一 氏

1947年舞鶴市生。京都府連合青年団副団長の頃より郷土の若者を育てる側として、サイトを立上げ独学で地名、歴史を学び始める。丹後王国の根拠地や周辺の地名を調査。Webサイト『丹後の地名』マスター。

講演4「伝説と歴史の狭間〜ホムチワケ皇子を中心に」 伴 とし子 氏

大丹波王国(丹後王国)論を展開。著書『古代丹後王国は、あった』『ヤマト政権誕生と大丹波王国』『卑弥呼の真実に迫る』ほか。

友情出演

山﨑昭典のギターとカタリコトの歌。シャーマンシスターズ。

 図10〜15は,講演風景である。

図10 講演1「穴穂部間人皇女と東漢直駒はなぜ丹後に逃れてきたのか〜ヤマトを構成する三つの王家の再統合と内紛〜」 関 裕二 氏

図11 講演2「古代丹波史に絡む大本・出口王仁三郎の世直し世界」 出口 三平 氏

図12 三平氏ズームイン

図13 講演3「丹後の古代地名」 斎藤 喜一 氏

図14 講演4「伝説と歴史の狭間〜ホムチワケ皇子を中心に」 伴 とし子 氏

図15 友情出演

 今回の四名の講演者のうち,伴とし子さんの発表が最もわかりやすかった。女性で比較的若い(1955生)ので声の通りが良いこともあった。聴力が落ちている僕にとっては男性高齢者の声はすごく聞きづらい。文系の発表者の手順はぼくは好きではない。老婆心ながら,発表の基本を次に示したい。

 図15は,伴とし子さんの若い仲間による伴とし子作詞の歌謡ショーである。舞台中央に伴とし子さん,周囲の若者?は伴とし子さんがリクルートした人たちである。皆嬉しそうに歌って踊っていた。こういう世界を作り出したのは,言うまでもなく,伴とし子さんである。

 懇親会では写真撮影していない。懇親会全出席者が挨拶できた。遠方からの人々が結構多い。地元からは役場関係にからむ人々,伴とし子さんのサポーターなど。セミナーの受付や会場で動画や写真を撮影する人々も,当事者意識が強い。誰かに動かされているのではなく,自らの仕事として動いているかのように感じた。

 関係者でない方々の挨拶から,歴史好きを強く感じた。ぼくは鉄ちゃんではないが,鉄ちゃんの集まりって,こんなのじゃないかなあ,と感じた次第である。多数は伴とし子さんファンで次に関裕二さんファン。ほかに,近所にこんなもんがあって,絶対に歴史的意義が大きいとか,小さい時からいろんな場所に何かが潜んでいるように思えて斉藤氏の丹後地名辞典はバイブルだったとか。自らをアッピールする場と考えている方々も多数。

 今調べてみると,斉藤さんは,ウェブサイト「丹後の地名」の運営をされているようだ。

——— 引用〜GeminiPlusから
旧丹後国(舞鶴市・宮津市・京丹後市・伊根町・与謝野町)および旧丹波国の一部の地名・集落名・伝説・社寺について、あいうえお順で網羅的に考察・解説を掲載しています。累計アクセス数が800万回を超えるなど、地域の歴史研究者や住民の間で広く参照されているデータベース的なサイトです。
引用〜おわり ———

3. 伴とし子所長

 セミナー参加費は2000円である。それに図16のものが付いていた。天(あま)のかけはし,の奥付を見ると,
古代丹波歴史研究所所長 伴とし子,2024. 天のかけはし・倭国の源流 タニハ ー古代丹波歴史研究所10周年記念誌ー,多島海社(代表 水野孝典). 税別1500円。

 CDロムの書誌は,
伴とし子,2021. 卑弥呼の祈り永遠(とわ)に. ℗2021 Studio Farm made in Japan.
著作権は判とし子,原盤権はStudio Farm。税込1000円。

図16 お土産: 「天のかけはし」など

図17 帰宅して走行距離を見て

おわりに

 図16に示したお土産は,当日本タニハ文化研究所に保管しようと思う。伴とし子さんの研究の流れはタニハ研究の本流ではないかと感じた次第である。
 父は王仁三郎研究の流れである。三平さんと同じだ。

 ぼくも残された時間で,自らの方法論を使って,タニハ研究方面でもいい仕事をしたいと思っている。アマゾン検索窓で「木庭元晴」と入力していただければありがたい。当ウェブサイトにも断片的なものを積み上げている。大作はほぼできていて,後に公開したい。
 なお,この旅は図17のように200km余りであった。

以上,2026年9月21日更新。