草木伐採と資料整理と 2024秋来 getting along well with plants and documents at Taniha since this middle autumn, 2024

はじめに

 草木とつき合う2024春来 があまりに重くてトラブルが続いて,新規にこのページを。秋になったが,獰猛な蚊は未だ消えない。草木との戦いは相変わらず続く。むしろ,これから野外での作業がやりやすくなるので,生垣との戦いもあるし,倉庫の片付け着手しないといけない。とはいえ,暑さが和らぐので,未整理の資料もすこしずつ整理しないといけないと思う。そういう観点での作業をこのページに書き込みたいと思う。備忘録である。

1. 茶室待合前 Oct. 25, 2024

 タニハ五十周年祭終了。草刈り復活。タニハに到着したら一輪の新鉄砲百合が。 

1 新鉄砲百合

2 ズームイン

 この百合のそばから,草刈り実施。ここは以前は刈払機で実行したので,刈った草の片付け中心。溝周辺,そして溝を片付け。かなり暗かった。

図3  途中の様子

図4  一応完成

 午後3時半から始めて午後5時半までか。片付けしても時間があったので,久しぶりに資料整理をしようとしたが,角形封筒2号が無くなったので,コーナンに行こうと思ったが気が変わって,ガソリン満タンと上下水道代金振込。自宅に戻って,アマゾンで購入。

図5: キングコーポレーション 封筒 クラフト 角形2号 100枚 85g K2K85 905円だった。11月3日(日)みたら15%Offで1051円になっていた。上がっているのに15%Offってなっている。やばいねえ。
 次の,「マルアイ 封筒 A4 角形2号 角2 茶封筒 クラフト封筒 100枚 PK-Z127 845円」,を注文したのに,発送予定日を超えても,うんともすんとも。それでこの60円高いキングにしたのだが。わけわからんのう。

図6:【Dingb】 鉛筆削り 中型 EURO安全基準達成 使いやすい 宇宙飛行士 子供 学校用 かわいい 青色 750円

図5 角形2号

図6  鉛筆削り

以上,2024年10月25日記。

2. 茶室待合前 生垣 Nov. 3, 2024

 いいお天気になった。到着したのが午後3時10分ぐらいだったか。外作業の実働は1時間半ぐらいか。5時半で急激に日が落ちる。

図7 生垣内側

図8 生垣外側

 図7,8は実施前。図9は病葉。図10は本日の中途。次回はこの生垣の高さの逓減だな。

図9 病葉

図10 時間切れ

 今日は,前回の続きで,書類整理だ。鉛筆削り,封筒,なかなか,いい。始めたのは1990年当時の父の書類だ。かなり弱った時期であるが,ぼくは気づかなかった。サポートするという提案をすべきであったとつくづく思うけどなあ。

以上,2024年11月3日。

3. 茶室待合前 生垣 Nov. 5, 2024

図11 頭がちょっと残る

 前回に続けて,生垣の裾と頭の整理。近所の細川さんと立石さんと,通りがかり会話。細川さんは高知県出身,山岳写真が趣味。立石さんは本梅町のウェブサイト立ち上げとメンテ。ご苦労さんです。立石さんの奥さんも娘さんも幸せいっぱい。

 図11にみられるように,頭がちょこっと残った。次回だなあ。次は艮岩そばの生垣かなあ?そして,西側かなあ。
 

 父の資料整理をちょこっと。『霊界物語大事典』ひとの巻,刊行後の令状がまとめてあったので廃棄せずに保管。隅田光さんから100万円の支援金があったようだ。父昇天後,山崎さんとタニハ祭を年数回,十五年間続けていただいた方だ。

 次回はいよいよ炬燵を出そうかなあ。

以上,2024年11月5日

4. 茶室待合前と艮岩そばとタニハ碑そばの生垣 Nov. 8, 2024

 砂利にまた草が侵入している。刈り取りはこの日はできなかった。

図11 カタバミが侵入

図12 種々だな

 茶室待合前の生垣の頭の飛び出しが残っていた。

図13 飛び出し

図14 刈り取った。

 艮岩のそばの生垣完了。

図15 生垣刈る前

図16 刈った後

図17 同

 タニハ碑そばの生垣。

図18 刈る前

図19 刈った後

図20 同

 図21のように,懸案の炬燵を出した。図22は7日月。

図21 炬燵を出した

図22 帰る前に

以上,2024年11月11日記。

5. 第2駐車場入口の西生垣に着手 Nov. 17, 2024

 もうほぼ十日振りかあ。綾部に年祭,亀岡で会合。だけなんだけど。

図23 生垣を庭から実施前 ステレオ左

図24 同右

図25 道路から実施前 ステレオ左

図26 同右

図27 シンテッポウユリ

図28 同

図29 今日まで ステレオ左

図30 同右

前回の完了分を次に。

図31 倉庫前 ステレオ左

図32 同右

図33 タニハ碑そば ステレオ左

図34 同右

図35 艮岩 ステレオ左

図36 同右

以上,11月18日(月)。

6. 第2駐車場入口の西生垣継続 Nov. 20, 2024

 1時間半ほどか。さざんかが美しい。赤い実はなんだろうか。葉の特徴を確認しないとなあ。オトコヨウゾメかもしれない。幹肌,実のつき方,葉の特徴を確認のこと。

図37 サザンカ

図38 コバノガマズミか

図39 本日終了 ステレオ左

図40 同右

以上,2024年11月20日。

7. 西面生垣 Nov. 22, 2024

西面生垣は隣家が日差しを気にしている場で,今日はその対策で出かけた。

図41 左奥

図42 今日のターゲット ステレオ左

図43 同右

コバノガマズミ(スイカズラ科ガマズミ属)だなあ。葉がツインになって残っている,実の着き方,幹の感じ。冬の木の芽や春の白い花も要確認だな。

図44 残り葉がツインで残る

図45 実のつき方と幹肌も

図46 西面 ステレオ左

図47 同右

図48 刈払機の刃だけど

 閉店まで時間があったので,コーナンに出かけた。トイレットペーパー2袋とティッシュペーパー2袋。それに気になっていた刈払機の刃を撮影した。
 これまで買ってきたサイズと一致している。このウェブサイトに掲載している高儀TAKAGIのサイズと一致している。
外径230mm, 刃数36P,取り付け穴の内径25.4mm。アマゾンでは1枚1000円ほど。これは3枚で1780円。やっすーい。
 コーナンに次に行った時に購入しよう。

以上,2024年11月22日。

8. 西面生垣2 Nov. 27, 2024

 天気予報,この頃,外れるなあ。ウェザーニュースも気象協会も。

図49 北西隅の本日ラスト ステレオ左

図50 同右

 道路側からやった方がいい感じだった。まだまだ。

 次回は,刈払機で西側通路のヌスビトハギを綺麗に伐採しないと引っ付き虫が耐えられない。西側通路から狩った方が効率が良いように思う。

 資料片付けも大変だ。今,いま論述中の原稿作成に役立つ資料をみつけた。

 まずは印だ。大本教学院は三代教主一派によって破壊された。河西だと思う,結構使った形跡がある。父は一時,ここの養子になっている。理由はわからない。父からは全く聞いていなかった。母の継母の実家だ。

図51 蔵書印と川西家の印

図52 大本教学院の蔵書印か

図53 河西家の印か

 アインシュタイン提唱の世界国家の日本版ジャーナルである。大本の裏紋と一致するのも興味深い。

図54 世界国家

図55 賀川豊彦のまえがき

 平凡社社長が経済的に支えていた。賀川はクリスチャンなので,その関連組織の宣伝も入っている。

以上,2024年11月27日。

9. 玄関前の玉砂利の雑草 Nov. 30, 2024

 次の工事の見積もりで大工さんと会った。結局,掃除の時間がなく,玄関前の玉砂利の雑草抜きをした。

 大工さんのコメントは独立したページに。図56のたんぽぽがわからない。関西たんぽぽか? 西日本のタンポポの分類と分布(タンポポの種類と見分け方)を参考にするには総苞の観察が重要だなあ。晩秋に背丈が低く群れて咲いている現象が重要だと思うのだが。

 図57の脚立周辺は天井を開けた場所の真下だ。図58は脚立で登って首を天井裏に突っ込んだら,幅8mmほどの隙間が土壁と板の間に続くのが見える。

図56 たんぽぽ

図57 蜂の巣,虫の死骸

図58 土壁の低下で隙間が

 玄関前玉砂利の雑草除去。このカタバミ群落が残った。図60のように,根っこが蔓延っている。図61は本日終了時点。このようにウチからソトに向かって砂利を移動しつつ,根っこごと除去している。時間切れ。

図59 カタバミが侵入

図60 根っこがみえる

図61 除去途中

 次回は,カタバミ除去,つぎに,刈払機で西通路の枯れたヌスビトハギなど除去して,そして,西側の生垣の外側の高い部分を伐採する予定だ。

以上,2024年12月1日記。

10. 西通路だけだった

 結構大変。とにかく,ヌスビトハギのひっつき虫には閉口だ。軍手全面にこれだ。

図62 シンテッポウユリの鞘

図63 鞘ができるかなあ

 西通路付近の生垣の突出枝群。

図64 西通路付近の生垣の様子

 生垣を外から刈るために西通路の草刈りを前々回から始めている。1回目は手刈りで大変やったので,今日で2回目は刈払機で。丸鋸が擦り減って狩れなかった。新しいノコに替えたが,今回は使えず。

図65 交換前

図66 二回目の前に

 とにかく,今日は二回目。2時間ほど。次回はこの続きだな。新しい刃の刈払機で開始だ。

図67 今日のおわり

図68 同

以上,2024年12月4日。

11. 西通路完了そして Dec. 10, 2024

 やっと西通路は完成だ。西生垣は結構通路の屋根になりつつあるね。まだだけど。どうしてもFirefoxのブラウザーでは,Mediaフォルダーにも無くて一週間前ぐらいに一度は使った写真が表示される。編集モードでは問題ないのに。

 そこでこの枠を削除して,図69, 70の枠を作り直す。変わらないなあ。どうしよう。Chromeなどで表示すると問題がないのに。

図69 完成形

図70 完成形2

 西生垣の継続をちょっと始めて終わった。図71は刈る前,図72では少し進んだか。次回は全部できそうだな。通路から高い部分を刈ろうと思ったが無理だな。内側からするしかないね。

図71 西生垣 実施前

図72 今日の完了

以上,2024年12月10日。

12. 西側生垣と戌亥隅完了 Dec. 12, 2024

 やっと,北方面の生垣剪定は完了した。西生垣を内側から刈り込むのは難しかったが,2箇所を除いて,完了。その2箇所は西側通路から長い方のノコギリで引っ張り出した。

図73 西側生垣完了

図74 同

図75 戌亥の隅に向かって

図76 北側の生垣全貌(外から)

以上,2024年12月13日。

13. 南庭開始 Dec. 15, 2024

 東之間の床下工事の最終日だ。ぼくはまずは南庭の刈り払いを始めた。

図77 刈る前

図78 同

図79 同

図80 刈ったあと

図81 同

図82 同

図83 刈り残しだな

図84 同

 途中でコンサルの方から呼び出しがあった。今後のことなどを大工さんと三人で話し合った。

 次回は,とにかく,刈り払い機で続行だな。まずは。

以上,2024年12月16日。

14. 南庭第2回 Dec. 17, 2024

 お天気が良い。ゴミ出しのための廃材の積み込みは終わった。

図85 南庭母屋前の仮払いした後の様子 一輪車を立てかけている

 まずは,東通路からトイレ前まで。

図86 トイレ前

図87 東の離れ前

図88 東通路

 図61の作業途中をやっと完了だ。この方法はすごくいい。カタバミの根茎は細くて比較的簡単に除去できた。手鎌で少しずつ砂利を移動する形だ。

図89 やっと玉砂利完了だなあ

以上,12月17日(火)。

15. 南庭第3回 Dec. 20, 2024

 ETC代金などの請求がKKRクレジットでDec. 20にあった。車検もあって24万円弱。ETC代金は週三回程度の請求。カレンダーで確認したが合っていた。

 図90はこのコーナーだけで刈払いした草ぐさを除去した。

図90 南庭西部の刈払い草を除去

16. 南庭第4回 Dec. 25, 2024

 小屋付近のイタチの踏み台になる木々の伐採をした。この日の前々日にもしたように思うのだが。

 図93に見える桜の枝なども次回,伐採しないと。

図91 伐採後 ステレオ左

図92 同 右

図93 もう暗くて

 驚いた。隣地には砂山があったのだが,運転手さん用の2階建プレハブができている。外にトイレが2個並んでいる。

 僕自身で,アラカシの大木を切り倒そうと思ったが,もうできない。野田くんに春でもきてもらうか。

以上,2024年12月27日。

元旦のお祭り Jan. 1, 2025

 21世紀も四半世紀,最後の年だ。途中の東ときわ台の阪急オアシスは営業していなかった。亀岡駅そばのスーパーマツモトもお休み。イオンは営業していて助かった。花は仏花しかなく,ミニシクラメンの鉢植えを買った。お米は餅米だ。日本酒は町田市から届いた純米吟醸酒。次回は,まずは,マックスヴァリューで買い物だな。

図100 帰り際の朝日山上の夜空

17. 南庭第5回 Jan. 4, 2025

 倉庫侵入路を断つ作業を開始しなんとか終了できた。桜に登って,藤づる退治をしつつ,枝切りを繰り返した。

図101 倉庫にかかる枝を伐採した ステレオ左

図102 同 ステレオ右

 以前,刈り払いした場所の仕上げだ。

図103 東端からトイレ前までは完了 ステレオ左

図104 ステレオ右

 次回は続けて,まずは本館前を完了して,その上でより南側へ。

 資料整理実施。一袋。お下がりの日本酒をお猪口一杯。おいしかったが,自宅に戻って激疲れ。

以上,2025年1月5日記。

18. 南庭第6回 Jan. 14, 2025

 娘と子供たちの風邪に憑って。なんと10日ぶりなんだなあ。すぐに時間が経ってしまう。昨日は母とその父のお祭りを自宅で。

 今日の終わりに完了した部分を撮影した。とにかく,ジャングルのようなツルを除去。病葉や枯れ葉の部分を除去していった。

図105

図106

図107

図108

図109

図110

図111

図112

図113

 ああ勘違い。フジに茎などが似てるので,フジの自立型かと思い,刈り取ってしまった。図114では手前から奥にほぼ一直線上に並んでいるようだ。奥の4〜5本を皆伐した。よく見ると違うかなあ。西洋博打の木なんかあ。フジは冬には葉を残さないようだなあ。

図114

図115

図116

 次回は,南縁と東南縁にトライだな。大きな枝はどうするかだ。野田くんにお願いすることになると思うが。

以上,2025年1月14日記。

19. 南庭第7回 Jan. 16, 2025

 南縁中央の楓付近。このコーナーだけで丸一日かかった。太い藤蔓があった。ごちゃごちゃだ。

図117 楓付近 ステレオ左

図118 同 右

図119 楓付近 ステレオ左

図120 同 右

 資料整理をしようと思ったところで,加納さん来訪。楽しい時間であった。帰りは0℃を表示する区間が結構あった。野間の大欅そばの坂道での表示はマイナス2℃であった。

 次回は南西コーナーだ。

以上,2025年1月17日記。

20. 南庭第8回 Jan. 19, 2025

南西までを。日曜日で暖かかった。シュロ伐採準備で汗をかいた。下着の着替えを持ってこないといけないなあ。次回はその続きだし。

 フジをなんで残しているのか? 木が生えないからなんだよね。次回は苗を移植するか? フジの根茎の巣窟だ。

図121 フジだよね

図122 やばいよね

 南西隅のシュロを伐採しよう。裸になるので保持してきたが,シュロの外側には照葉樹がそれなりに大きくなってきたので,伐っても良いだろう。景観的にはまだまだ殺伐としているけどねえ。シュロの葉が枯れてももう取り除けなくなった。じじむさいしねえ。じじむさい。自分に還るわなあ。

図123 シュロを内側から

図124 外側から

 南西隅の巨石の後背にシュロが伸びている。

図125 南西隅のステレオ 左

図126 南西隅のステレオ 右

 シュロの伐採途中で今日はおわり。ノコギリは実体視は無理。切り口は見ることができるよ。

図127 シュロの皮を剥いて ステレオ 左

図128 シュロの皮を剥いて ステレオ 右

以上,2025年1月19日。

21. 南庭第9回 Jan. 22, 2025

 前回に引き続きシュロと格闘だ。

図129 V字カット ステレオ左

図130 同 右

 のこだけではなかなか。斧で最後は叩き落とした。切り口からすると向かって右に倒れるはずだったが,隣接の大きなアラカシとつながっている藤づるのために外に引っ張られてしまった。隣地の運転手用仮眠プレハブにぶつからず幸いであった。

図131 伐ったのだけど ステレオ左

図132 同 右

 シュロは隣接の照葉樹の小木の上に倒れた。シュロの歯と,藤づるや落葉棘植物と絡まっていて,一つ一つ切り取っていった。

図133 倒れた場所は

図134 同

 図135にはカシからの藤づるが。図136は今日までの様子。藤づるはカシで特に蔓延している。図136ではシュロの葉を結構除去したがまだまだ。

図135 カシから藤づるが垂れている

図136 伐採途中で終了

 次回は,シュロを丸坊主にして,幹をなんとか当方の敷地内に引っ張り上げて,2分割か3分割だなあ。そこまでだな,次回は。

 資料も少しずつ整理している。

以上,2025年1月22日。

22. 南庭第10回 Jan. 25, 2025

 継続だ。斧の刃が丸くなっていて全然根っこが切れないので,サンダーで。次回使うことになるか。フジやトゲ性灌木の根っこを堀切りたい。

図137 サンダー処理前

図138 サンダー完了

 何年前か,このフジづるだけ残していた。大きなツルは3〜4本あったが,これだけ残した。アラカシ伐採の際にこのツルでアラカシが空中に吊るされるのを期待したのである。とはいえ,もうぼくの手に負えないところまでアラカシが大木になったので,伐採する場合は,野田くんにきてもらうことになるだろう。

図139 フジづるが締め付けている

図140 上にぐんぐん

 のころの1本を伐ることにした。放置すれば腐るだろう。

図141 地面のそばで

図142 途中で

 シュロの枝などを何とか切って敷地内に置いた。

図143 シュロの枝葉を刈って敷地内に上げた ステレオ左

図144 同 右

 何とか,シュロの幹を敷地内の下端を軸にして,回転して,敷地内に倒した。そして引きずって,図145, 146のように移動した。

図145 シュロを敷地内に

図146 同

 次回は,シュロを二分割だな。ツルハシで重心位置を求めるか? ノコと斧で分割だな。南西隅の巨石の周囲の裸地のフジや棘灌木の根っこを斧で切り割く。そして,アラカシとクリスマスツリーの幼木を植え込もうかなあ。

以上,2025年1月25日。

23. 南庭第11回 終了 Jan. 28, 2025

 後半は雪が降っていた。帰りが心配で資料整理はしなかった。箕面に戻っても雪が降っていた。早く帰って正解だった。今日で何とか,草木との戦いは終わった。あと一ヶ月も立たないでフキノトウが出てくるし,タンポポ,蓬などなど。

 外回りはまだ続く,倉庫から資料の搬出だ。このページは今日で終了だ。

 図147のようにして重心を見つけたのだが,なぜかより上部で伐り始めた。途中で気づいたが,もう続けるしかない。かなり格闘した。ノコギリ,斧,ツルハシ。やっと図148のようになんとか分割できた。

図147 重心はツルハシで探し当てたが

図148 やっとの思いで二分割できた

 図149のように比較的軽かったが,上部を隣地に投げ切れずに,2回,溝に落とした。何とか,引き上げることができた。図150は2回目に落ちた様子だ。1回目はもっと大変だった。

図149 上部を一輪車に

図150 溝に2回落とした

 図151のように何とか一輪車に乗せることができた。図152のように隣地に運んで何とか。

図151 下部がなんとか載った

図152 隣地に運んで

 図141では地面付近でノコを入れたが切れ目があまりに接近していて繋がるかもしれず,図153のように三角に切り落とした。図154のように,汗だくで服を脱いで格闘した。棘灌木などの根っこを掘り起こしたりした。新たに苗木を植え込もうと思ったが,しょぼく2本だけ何とか。

図153 念の為,フジを完全に切り離した

図154 南西隅付近だ

 図154〜156が西辺の林地だが,フジツルなどや枯れ枝の整理作業は比較的簡単だった。

図155 南西隅から西辺沿いに北へ

図156 南西隅から西辺沿いにさらに北へ

 これでこのページは終了だ。

以上,2025年1月28日。




日本タニハ文化研究所創立50周年 50th anniversary of Nihon Taniha Cultural Institute

はじめに

 瑞霊世を去りて聖道漸く滅す,を書き連ねる過程で,一九七四年十月十八日が創立日であることを知った。幸い何とか間に合って,この前日に何とか祭典を挙行することができた。未だ生き残りの方もおられるが,関心がなかった。連絡する必要性を感じない方々もあった。世は移ろいにけり。

 父の活発な活躍の時代や,衰えてからも,タニハの維持に関心はなかった。退職後,タニハの維持中心の日々を送っている。

50周年祭 Oct. 17, 2024

 太郎ファミリーの参加を得た。その都合で,2024年10月17日,に挙行した。お供えは15日に購入。父のお祭りの半分は切る量だ。お松は11日に用意して,花瓶に入れて保管していた。神籬は5ペア+1 用意していた。丁度足りた。太郎ファミリーが当日,花を用意してくlれた。大神さんに3000円,父の方に2000円ほどか。ぼくの弁当も用意してくれたので,お供え後に食べた。太郎ファミリーが1時過ぎにきて,お祭りは3時前から。4時前には帰った。その後,洗い物だけは何とか片付けて,午後6時半過ぎには終了した。明日,樋の追加修復で業者が来る予定だ。次のファイルは,五十年祭祝詞である。ルビはお祭り後の昨晩,入れた。

 お祭りの前日,十六日には千里南公園のバードツリーで食事。その後,太郎,耀太と散歩した。周子さんは花夏ちゃんに授乳。

図1 太郎と耀太

図2

図3

図4 太郎ファミリー

図5

図6

図7 ぼくも入って

図8

以上,2024年10月18日記。

後片付け Oct. 19, 2024

 樋全部更新したが,その直後の大雨で不具合が生じた。その対策の打ち合わせを本日実施した。追加見積もりを依頼した。今日は蚊が多かった。4箇所ほど噛まれた。秋の雨の日はひどい。トラブルのあと,二ヶ月後に樋業者来訪。

図9 大雨時の樋から噴水 Aug.15, 2024

図10 Oct. 19, 2024 要修復場所遠謀

柴山さん,福永さん,来訪。見積もり依頼。垂直パイプの代わりに,大屋根側の下流側にL字方の小さな排水管1本設置を提案。もちろん,軒下への水の侵入防止金属板も設置予定。

図11 父,姉,隅田光,吉田ただを

父だけでなく,姉の要望で写真を置いた。その後,この流れで,隅田光,吉田ただをさんの写真も置いて,拝んでいる。

 三宝を濡れタオルで祭当日拭いて丸二日置いた。そして今日,神棚下に収納した。

図12 テーブルに三宝など

図13 片付けた

 土器も同様,洗った乾していた。収納完了。籠も洗って乾している。図16の短冊は山崎さんに贈るもの。

づいれいわ てんじょうより ちにおり
じごくまでおりて すくいのてお のばします すみこ

瑞霊は天上から地に降りられて,
さらには地獄まで降りられて,あなたに救いの手を差し伸べてくださるよ,安心してね。 二代教主出口すみ子

図14 土器がほぼ乾いた

図15 元に戻した

図16 山崎さんに二代様の短冊を贈る予定

以上,2024年10月19日記。

花夏ちゃん

図17 宮沢賢治 盛岡高等農林学校時代

 今日,自動録画された,NHKのEテレの「心の時代選」の宮沢賢治シリーズを見ていたら,花夏ちゃんが宮沢賢治そっくりに見えた。法華経に出会った宮沢賢治の感激の段である。法華経では,釈迦入滅後も滅びず,現在の世に生きて,教えを垂れているとする。自らを偽らず人に優しい人はその釈迦に出会うことができる。死後,西国浄土に救われるのではなく,生きながら救われるとする。身分や男女は関係ないという。
 ぼくは,花夏ちゃんの未来を規制しようとしているのではありません。本人が人生で悩んでいる時に,宮沢賢治の思想をつたえてください。

以上,2024年10月20日記。




瑞霊苑土地問題 land issues around Zuwirei-en 

はじめに

 今後,コンテンツを追加してゆく。

1. 木庭次守(木庭眞)名義土地情報

 Google Earthの2024年5月9日取得画像を基図にして,Adobe Illustratorで土地台帳情報と対照すべく,作業を実施した。土地台帳の地図は漫画的で,実際の土地関係にそのまま対応できない。面積計算をしておよそ,一致するかどうか,見ることにした。図1には,大本に寄付した瑞霊苑碑の敷地の北に続く木庭次守名義(真が受け継ぐ)の範囲を白色のおよそ四辺形で囲み,その上に,赤色の線分を4本載せた。

図1 凡導寺の敷地のすぐ北の瑞霊苑

 エクセルで掲載した。その結果,父名義の範囲の面積は7,090.93平米になった。

表1 面積計算プロセス

 土地台帳では,木庭名義の土地 222-4, -8は,136.46 + 416 = 552.46平米だから,上の計算値の10分の1にも見たない。計算を何度か確かめたが問題ない。土地台帳の地図とGoogle Earthの画像との比較もしたが,たぶん,問題ない。

図2 瑞霊苑と不動岩の周辺地形図

図3 土地台帳とメモ

 閲覧便宜のために,地形図と土地台帳の画像も図2,図3に示す。土地の面積は土地台帳とかなりの差があるのは当然だが,この極端な差はこの地域特有のものだと思われるが,役場と現地で確認する必要がある。

以上,2024年10月4日記。

2. 眞さんによるNov.2024訪問の結果

 手紙に日付はないが,郵便スタンプは25.01.14となっている。この翌日に届いたようだ。

お願いーその1: 

1 田畠を耕しておられる方をみかけたら,土地の耕作者の自宅を聞くしかないよね。

2 それから,スマートフォンがあれば,ぼくが描いた図1の区画の多角形の頂点や図3の地図まがいのものをGPSで計測すれば精度5mほどだけど,簡易的には可能です。巻き尺とコンパスを使って測量するのがより正確です。

3 眞さんのスマートフォンはGoogleアプリでしょ? いま確認したらGoogleでも対応しましたね。Scaniverse – 3D Scanner, LiDAR です。LiDARが組み込まれていないスマートフォンでもSplattingが使えるので,アップルLiDAR測量Parts 1&2 キンドル版作成記録 records of kindle publishing Apple’s LiDAR measurements Parts 1&2 に書いていますが,アマゾンの検索サイトで,木庭元晴で検索してもらうと,ぼくの本があります。これをダウンロードして読んでください。Part 3はいま,初稿が済んだところです。論文になったあと,これも,Kindle本にします。中学生ぐらいであれば理解できると思います。Part 1は難しいので,Part 2を読んでください。

 わからなければ,3Dスキャンを自宅のそばで実験してください。スマートフォンからウィンドウズPCにアップロードしてください。フリーウェアCloudCompareは別途ダウンロードしてこのアプリで3Dスキャン結果を編集します。ぼくにフリーのGoogle Driveなどを使って送ってください。

 とはいえ,LiDAR機能がないスマートフォンでは広い範囲がスキャンできないので,ちょっと限界も感じています。

 とにかく,父から借りている方との契約の確認を早くする必要があります。

図1の空中写真画像と瑞霊苑の対応関係について,現地を見てきたばかりの眞さんはどう考えますか?

 送っていただいた10枚の写真について以下,確認したく思います。お返事お願いします。わかったら,その結果を追加したいと思います。

図4

図4(ア) 朝ドラは,知りません。この土地は蒲生区の所有でしょうか。何があるんでしょうか。

 

図5

図5(イ) この場所は222-5ですね? 観音堂の南隣ですね? この写真の見える小屋は,廃仏毀釈で凡導寺が壊されたあとに設置された堂宇ですね?ここに凡導寺内にあった観音像とともに仏像が入っているのですね?

 この手前が観音堂になるのですよね?

図6

 図6(ウ) 観音さんの全像が欲しいのですがないんです。神棚を移動して,全身像がほしいと思っています。この日は薄曇りでしょうか。こういう日がいいかと思いますねえ。肩から上が暗いのでフラッシュをする必要がありますね。ScaniverseのSplatteringをすれば,全身像の3Dイメージが得られます。全体の照明が同程度である必要があり,正午頃の曇りの日がいいですねえ。

 この写真の奥が図5の敷地になるのですね?

 観音さまの向きの方位を教えてください。

図7

 信じられないけど,電線が瑞霊苑碑を邪魔していますね。九州電力にクレームすれば配線を変えてくれると思います。

図7(エ) 瑞霊苑碑ですね。水が入ってない。何らかの水の供給地はないのでしょうか。ただ石碑の周辺を凹ませるってどういうことなのか,疑問に思います。日が左手からあたってますので午前中ですね。瑞霊苑の文字が醜いですねえ。

 観音様を不動岩に向けてという聖師の指導は実現してないのではと想像しています。瑞霊苑の正面は不動岩にまっすぐと向いているのでしょうか。参拝者は不動岩にお尻を向けて瑞霊苑の石碑に向かうのでしょうか?

 

図8

図8(オ) 日が当たっているので,この建物は東西方向に配置されているようですね。ぼくの記憶と一致します。瑞霊苑または観音像を眺めることを意識して作られているのでしょうね。不動岩の方ではないんだよねえ。おかしいよねえ。この建物はぼくが見たものではなくて,第二代目ですね?

図9

図9(カ) この木が植っているあたりが,222-4と-8の西側(谷側)の境界でしょうか。樹木名は何ですか?

図10

図10(キ) 地図との関係がわかりにくい。眞さんからの絵ではわかりにくい。この小屋から離れているのですが,昔の宅地の境界のように見える小崖が道路に直行しているので,222-8の中間的な場所なのでしょうか?

図11

図11(ク) この写真の奥に小さな林がありますが,ぼくの図1と対応関係が付きません。左手に左奥に進むカーブがありますが,これが図3のものと類似しているようにも見えます。図1と図3の対応関係が気になります。現地に行かれて,図1と図3の対応関係は合っていますか?

お願いその2:

 デジカメかスマートフォンで撮影しているのですよね。ここの写真に経緯度情報が入っています。写真をウィンドウズPCにアップロードして,情報を読み取って,ぼくにその情報を送ってください。眞さんの,カ,キ,クの緯度経度を。

図12

図11 ノーネーミング。ここには瑞霊苑碑は見えないけど,木の後ろに隠れているのですよね。左手は観音堂でしょうか。右手は小屋ですね。

図12

図12 この撮影場所はどこでしょうか。不動岩を包む森林にはびっくりです。ミカン山は崩壊して,放置されたために森林になっているようですね。

 「この撮影場所はどこでしょうか」の意味は,眞さんが立っている場所はどこか,と聞いています。撮影年月日,時刻を教えてください。写真の情報に入っています,ご存じのように。

お願いーその3:

 この不動岩のデジタル写真をGoogle-Driveなどで送ってください。以前,原稿のやり取りをした時の記録があるかと思います。木庭元晴 <kobakachan@gmail.com>に,よろしく。

以上,2025年1月17日。追記18日。